2005-05-21(土)

復活。

しばらくお休みを頂いていましたが、とりあえず復活です。

2005年5月19日16時32分、祖母が他界しました。
当日の午前は、福岡で医者をしている従兄弟が帰ってきたこともあり、みんなで祖母に会いに行きました。病院で祖母の心電図などを見せてもらった従兄弟も「健康な人と変わらない心電図やで」と言っていたくらい安定していて、お昼すぎにはみんなそれぞれ帰宅したり仕事に戻ったりしました。私も仕事に行きましたが、夕方から急な打ち合わせが入ったため、なんとなくその前に祖母に会いに行こうと思い、打ち合わせに行く前に病院に寄りました。
そして、祖母が急に容態が悪くなり他界したのは、私が会いに行った約1時間後。結局、誰も最期に間に合いませんでした。最期を見取ってくださった先生や婦長の話では、本当に眠るように息を引き取ったそうです。苦しまずに最期を迎えられたことがせめても救いですし、祖母も6年という長い闘病から解放されて楽になったんじゃないかと思います。

6年前に浴室で倒れていた祖母を見つけたのも私、数日前に脳死状態になる前に祖母が呼びかけに対して反応したのを最後に見たのも私、いちばん最後に会ったのも私。そして、おしゃれだった祖母のために眠っているような安らかな顔に最後のお化粧をしてあげたのも私でした。でも、最期を看取ってあげられなかったことがすごくすごく残念でなりません。

うちの両親は別居して8年経ちますが、いまだに離婚はしていません。長男である父が喪主を務めたので本当なら母は喪主の妻の立場なのですが、さすがに家を出て8年も経つし親族席に座るわけにもいかず、それでも母としては一般の参列者でもいいからお通夜と葬儀に出席して祖母とお別れをしたいと言っていました。母の良き理解者であった伯母の1人(父の一番上の姉)も「ぜひお別れに来てあげて」と母に言ってくれていたのですが、母はいろいろ悩んだ末に結局お通夜と葬儀には出席せず亡くなった当日の仮通夜にだけお参りに来ました。そして、母の思いを託されて、私は今日の葬儀には母の喪服(家紋入りの着物)で出席し、喪主の長女として参列して下さった方々への挨拶などを務めました。おかげで責任感と緊張感で気が張っていたことや忙しさもあって、悲しみにひたる暇もなく、出棺の前に祖母の棺にお花や思い出の品を入れてあげるときにようやく思いっきり泣くことが出来ました。

祖母がいなくなってしまったことは悲しいことですが、ずっと寝たきりで闘病生活を送っていた祖母もようやく楽になったと思うし、祖母の介護のため交代で病院に通っていた伯母たちも肩の荷が降りたと思います。
これから四十九日まではまだまだバタバタすると思いますが、とりあえずは一段落しました。先日の更新休止のお知らせ以来、励ましのコメントやメールをたくさん頂き、本当にありがとうございました。ここもまた少しずつですが今までどおり更新していきたいと思いますので、今後ともよろしくお願い致します。

at 23:20 | Life | Comments[3] | Trackbacks[0]

コメント

大した言葉もかけることはできませんが、
ご愁傷様でした。

お祖母様、なおさんに愛されてまわりの人に愛されて、
意識を無くされてからもきっとその想いは伝わっていたと思います。

なおさんのお祖母様のご冥福をお祈りいたします。

Posted by ぬて at 2005年05月25日 00:19

>kimi姉
伯母達とも話したんだけど、いろいろ後悔すればキリがないし、みんなが精一杯がんばってきたことは、ばーちゃんもわかってくれてるはずだから、「ばーちゃんもみんなも長い間よくがんばりました!」ってことでいろいろ考えるのはやめた。
いちばんしんどかったのは、ばーちゃんだろうし。
ありがとね!

Posted by なお<管理人> at 2005年05月23日 16:39

なおちゃんに幾度となく声送ってたおばあちゃん。
だから、なおちゃんの声が聞こえたおばあちゃん。。。
なおちゃんが逢いに行って1時間後に他界したのは、おばあちゃんの優しさなのかも。。。
だから、看取れなかったからと云って後悔しないようにね。
おばあちゃんが哀しんじゃうよ。
おばあちゃんのご冥福をお祈り申し上げます。

Posted by Kimi at 2005年05月23日 00:28
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