2005-05-18(水)

お知らせ

えーっと、突然ですが、しばらくここは更新できないと思います。

実は、寝たきりになって6年になる祖母がいるんですが、数日前から容態が思わしくありません。昨日の夜は病院から「今晩が峠です」って連絡があったので親戚中で駆けつけました。で、深夜まで付き添っていたのですが、結局少し安定したため、伯母2人を残して撤収しました。で、今朝も病院に寄ってきたんですが、相変わらず。意識はまったくないんですが、かろうじて自発呼吸はしています。心臓が動いているから肺も動いて呼吸している、っていう感じ。このままの状態がしばらく続くかもしれないし、突然また悪くなるかもしれないし、という状況。いずれにしても、1ヶ月はもたないでしょうと言われています。
もし万が一の時に誰もそばにいないのはかわいそうだから、みんなで交代でついていてあげようということになりました。なので、私もおそらくほとんど病院にいることになりそうです。
今の事務所が祖母が入院している病院のすぐそばにあるので、昼間は仕事の合間に病院に通っています。そう出来ることが不幸中の幸い。前の会社にいた時なら、頻繁に通うことも出来なかったし、夜通しついててあげることも出来なかったと思うので。

めったに病院に行かないことが自慢だったほど健康で毎日ゲートボールとカラオケ教室に通っていた祖母は6年前に脳溢血で倒れました。それを発見したのは私。その当時、母はすでに家を出ていたし、妹は嫁いでいたので、祖母と父と私の3人家族でした。祖母が倒れた日は父は東京に出張中。いつもは私が仕事から帰ってから夕飯の用意をしていましたが、父が出張などでいない時は祖母が「自分の分は自分で用意して食べるから、お父さんがいない時くらいは友達と食事したり、ゆっくりしておいで。」と言ってくれていました。私は会社帰りに髪を切りに行き、その帰りに友達から食事の誘いの電話がありましたが、なぜか理由もなく「んー、今日は帰るよ」と断り、20時すぎに帰宅したところ、祖母の姿が見えずお風呂場に電気がついていました。いつもなら祖母は19時前には入浴していたので「今日はお風呂遅いな。」と思いつつ、でもなんか胸騒ぎがしたのでお風呂場の入口まで行き、「ばーちゃん、ただいま」と声を掛けてみたけど返答なし。で、少し戸を開けてみたところ祖母が倒れてました。慌てて救急車を呼んで、妹と伯母たちと東京に出張中だった父に連絡して、救急車に同乗して病院へ行きました。病院で先生から「あと30分遅かったら、おそらく間に合わなかったでしょう」と言われ、私が友達からの誘いを理由もなく断って帰宅したのも、お風呂場にわざわざ声をかけに行ったのも、虫の知らせだったのかもしれないと思いました。結局、命に別状はなかったものの、左半身マヒという後遺症が残り、祖母は寝たきりになりました。運ばれたのは救急病院だったので2ヶ月で出ないといけませんでしたが、みんな仕事をもってて家で看るのは難しいので、転院先を探してたところ、伯母が昔からお世話になっている病院の院長が「うちに連れてきなさい」とおっしゃってくれました。それが、いま祖母が入院している病院です。院長も先生も看護士さんもいい人ばかりで、とてもいい病院です。

寝たきりになり、だんだん痴呆が進んだものの、祖母はもともと内臓が丈夫だったし食事も残さず食べていたので、体自体は健康なまま気が付いたら6年もその病院でお世話になっています。その間、伯母2人がほぼ毎日交代でお昼だけ祖母にご飯を食べさせに通っていました。私や妹も休みの日などに時々伯母たちの代わりにご飯を食べさせに行っていました。
5度ほど「危ないかも」と病院から連絡を受けたこともありましたが、そのたびに復活していたので、3度目からは狼少年状態で親戚中が「きっとまた持ち直すよ」と特に動じなくなっていました。
でも最近ではだんだん食も細くなり、熱を出すことも多くなり、話し掛けてもほとんど反応がない状態で、ついに数日前「会わせておきたい人がいたら早めに呼んでください」との通告。そして、昨日は「今夜が峠です」と言われ、覚悟をしていましたが、とりあえず安定。みんな心のどこかで「もしかしたら、このまま今回もまた持ち直すかも。」と思いつつ、やせ細り意識もなく惰性で呼吸をしている祖母を目の当たりにすると、「今度こそ本当にダメなのかも・・・」と思い知らされます。

私は、祖母が倒れて入院するまで一緒に暮らしていたので、孫の中では祖母と過ごした時間がいちばん長いです。だから、最後まで一緒にいてあげたいのです。
というわけで、毎日かかさずここを見にきてくださっているたくさんの方々には申し訳ありませんが、しばらくは仕事と祖母の付き添いに専念したいので、ここはお休みさせていただきます。
落ち着いたら、また再開しますので、時々のぞいてください。

at 15:38 | Life | Comments[5] | Trackbacks[0]

コメント

>Daisukeさん
>コレゾネ氏
>ぬてさん
>ゆみちゃん
まとめてのレスですみません。皆さん、ありがとう。
実は今日(もう昨日だ・・・)の夕方、急に悪くなって亡くなりました。
いったんみんなが帰宅したり仕事に行っていた間のことで、結局誰も最後を看取ってあげることができませんでした。
私も急な打ち合わせが入り、その前にちょっと病院に寄ったのですが、亡くなったのはその1時間後。結局いちばん最後に会ったのは私でした。
ゆみちゃんと同じように、誰も間に合わず1人で逝かせてしまったのが心残りで、それを思うと悔しくて涙が止まりません。
でも、これでやっと祖母も楽になれたと思います。

落ち着いたら、また復活します。ありがとうございました。

Posted by なお<管理人> at 2005年5月20日 01:31

お疲れ様です。
なおさん達、看病側が無理をされないように、・・・。
きっと、きっとおばあちゃんに「声」は届いていると思います。

由実の祖母は誰一人間に合わず、一人っきりで他界しました。それを思うと今も胸が痛みます。

なおさんのおばあちゃんは幸せだと感じます。6年も同じ病院でみてくださって、親戚も集まって、つきそうことができる・・・それは、きっとおばあちゃんが今までに、沢山の幸せをみんなに与えていたからだと思います。
聴覚は最後まで残る・・・たくさん、声をかけてあげてください。
どうか、無理を
されないよう・・・。

Posted by ゆみ at 2005年5月19日 10:29

母方の祖母は俺が小学生の頃に亡くなったのですが、俺は毎日友達と遊んでばっかりでほとんど祖母と会う事もなく、亡くなってからふと思い出した祖母の言動や笑顔は、俺に対する愛情でいっぱいでした。
亡くなってから何を想っても伝わるものではありません。なるべく多くの時間を共に過ごしてほしいと思います。
こんな俺ですが、なおさんのお祖母様がなるべく長く長く生き長らえますよう願っております。
なおさん自身、お体に無理をなさらぬよう。。。

Posted by ぬて at 2005年5月18日 23:55

おれはジーさんの傍に居れなかった事後悔してるよ。
絶対居てやるべきだ。がんばってね。

Posted by コレゾネ at 2005年5月18日 22:42

こんにちは。
実は私のほうもほんの数日前祖父が他界しました。
急だったこともあり、遠く離れた場所にいた私は何も出来ませんでした。
両親が共働きだったので、祖父と、まだ健在の祖母には小さい頃ずっと面倒を見てもらっていました。
こんな事なら出発前にどんなに無理してでも会っておけば良かった、ととても後悔しています。もう今更遅いんですけどね・・・。

私事ですいません。
でも、なおさんは後悔しなくてすむよう、お祖母様のそばにいて上げて下さいね。

Posted by Daisuke at 2005年5月18日 17:41
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